2007年4月18日 (水)

折り返し

候補者へ
統一地方選挙後半戦も折り返し点を過ぎました。
疲れていませんか?
悲観的な状況に、意気消沈していませんか?

これを今、ご覧になっているのなら、十中八九、
【当選するひと、落選するひと】を読んでいると思います。
あれを読んで、今、立候補しているのなら、
それなりに【やる気】があるのではないでしょうか。
立候補を決意したあの日のことを思い出してください。
あのときの決意をもう一度、胸のなかでなんどかつぶやいてください。
今はやるしかないのです。
自分を、そして仲間を信じて、突っ走ってください。

しかし、支離滅裂な方向転換は自重してください。
まわりが戸惑います。
あなたは大金と人生を賭けて、この選挙に臨んでいるのでしょう。
しかし、選対のスタッフも多かれ、少なかれ、生活を、人生を犠牲にしてあなたを支えているのではないでしょうか。
仲間を信じること、それは有権者を信じることへとつながるのではないでしょうか。

選対スタッフへ
統一地方選挙後半戦も折り返し点を過ぎました。
疲れていませんか?
悲観的な状況に、意気消沈していませんか?

候補者の言動に辟易していませんか?

しかし、不満を爆発させるのは、もう少し待ってください。
候補者はわがままかもしれません。しかし、候補者は自らの資金と人生を賭けてこの選挙に臨んでいるはずです。
候補者のわがままを許すのはよくないかもしれません。
しかし、候補者の要望はなるべくかなえてあげてください。
もちろん、票を上乗せするための反論は大いに結構。
ただし、文句、愚痴は投票箱がしまってからにしてください。
それでも遅くはないですから

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2007年4月17日 (火)

これからが本番

統一地方選挙、後半戦の部もすでに序盤戦の三日が終了しました。

ここをご覧の方は、ほとんどがお若い新人候補の関係者でしょう。

若いということは武器になります。街頭演説や街宣の反応はいいかもしれません。

しかし!

しかしです。その状況に浮かれないでください。

市議会議員選挙では、浮動票が大きく動くということはめったにありません。

街頭活動での反応がそのまま票につながらないことだってあります。

また、楽勝気分でいると、「○×候補は当選確実。うちは苦戦しています。家族のうち、一票だけでもこちらにまわしてください」と他陣営から押し込まれて、気づいたら落選、ということだってあります。

もう一度、足元をしっかりと見て、声をかけ忘れているひとはいないか? あのひとは大丈夫だろうか? と再度、再々度の票固めをしっかりとしてください。

初日からずっとトラブル続きのあなた、気落ちしないでください。まだまだ時間はありませす。逆転の可能性は充分に残っています。

やれ、ポスター貼りの人員が急に休んだ、弁当の発注ができていない、街宣車が事故った……。少しずつ修正していけばいいのです。

苦しいのは、自分たちだけではありません。他の新人候補の事務所だって、ドタバタ劇を演じているかもしれません。ベテラン候補の事務所だって、ひょんなことから内部分裂をしているかもしれません。古い運動員が引越し等でいなくなって、てんやわんやかもしれません。

まずは落ち着いて、今、なにをすべきか、なにを優先すべきかをはっきりさせ、どしっと腰をすえて、明日を見据えてください。

選挙に必勝法はありません。

反対にいえば、どこかに逆転の糸口があるはずです。

あきらめるのは、投票箱がしまってからにしてください。

今は、まず、走ることです。ひたすらに

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2007年3月20日 (火)

フレーズのヒント

「目の前の赤信号は待っていれば、すぐに青信号に変わります。しかし、政治は待っているだけでは変わりません。※※(候補者の名前)とともに、明日の政治を変えましょう」
とある民主党の中堅議員(すでにベテラン?)の得意のフレーズですが、先日の某都知事選挙候補予定者の会見でよく似たフレーズを聞きました。

「明日の天気は変えられませんが、明日の政治は変えられます」


「わたしに出来ること、わたしにしか出来ないこと」
このフレーズ、某若い国会議員の会見で飛びだしたのですが、う~ん、よく使われるパターンなのでしょうか? 何度か過去に使ったことがあるんですよねえ

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2006年8月29日 (火)

市長選挙

基本的にここでは都市型の市議会議員選挙について語ってきましたが、【市長選挙】で検索してきているひとも少なからずいるので、少し、ふれてみたいと思います。

ネットで検索して情報を探しているようなひとは、多分、現職や大政党の支援を受ける予定の新人ではないと思います。

市民派、草の根、無党派で市長選挙に挑もうとするひと、無名の新人、素人選挙では、まず勝利は見込めません。やめておいたほうが無難です。

現職がどうしようもない無能だ、市政を正さなければならない。
あなたの正義感はわかります。しかし、それだけでは勝てないのです。

多くの市長選挙では投票率は30%をやっと越える程度です。
現職市長が汚職などで辞職した後、注目される出直し選挙でも、さほど投票率は伸びません。

普通に生活していて、ゴミの収集、地域の活性化といった一番、身近なのは市政です。市長が変われば、行政の姿勢が大きく変わるのも事実です。最近であれば、横浜市がいい例だと思います。また、反対に市長の姿勢によっては、市政がガタガタになるのも事実です。

しかし、一般有権者は市政に興味を示していない、市長が誰であろうと自分たちの生活はあまり変わらないと思っている。これが現実なのです。

自民、公明、民主、社民が現職、あるいは現職から後継指名を受けた新人に相乗りし、それに共産党の推薦候補者が挑む構図が多くの市長選挙で見られます(小沢党首の相乗り禁止令で、今後、民主党が独自候補を擁立する機会が増えるかもしれませんが、あっても県知事、指定都市どまりのように思います)。
たとえば、有権者10万人の市であれば、投票率30%なら、1万5千票獲得で当選です。実際には、オール与党候補が2万前後、共産候補が1万前後といったところでしょう。

ここに政党の支援を受けない新人が割って入れば、どうなるでしょうか?

オール与党候補の2万票はほぼ揺るぎません。
彼らは自分たちの組織の票をいかに固めるか、といった選挙を展開します。業界団体、労働組合、創●学●、議員の個人後援会です。
そうなると新人は新しく票を掘り起こすしかありません。投票率をあげるしかないのです。

しかし、一般有権者の目はなかなか市政には向きません。

現市政のどこに問題があるのか、そこを直すにはどうするのか、それにより市政はどうなるのか、市民の生活はどうなるのか、といった具体的でわかりやすいビジョンを提示し、それを広く知らしめる時間、方策がしっかりあれば、可能性は0ではないと思います。

市長が変われば市政が変わる。これは動かない事実なのです。

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2006年6月21日 (水)

候補者心理

今回は、候補者本人よりも周囲のひとに読んでもらいたいことです。

候補者にとって、選挙の当落は大袈裟にいえば、人生の別れ目です。個人事業主ならまだしも、会社務めと辞めての挑戦であれば、なおさらです。

たとえば、大学受験であれば、複数の学校を受験できます。そのすべてで失敗しても、一年後に期することもできます。

しかし、選挙は一回こっきりです(住民票を移したり、あるいは首長、国政とさまざまな選挙に挑むことは制度上、可能でしょうが)。落選となれば、長い期間と資金を投じてきたことがすべて無に帰するのです。次のチャンスは四年後です。四年後に再度、挑むにしても仕事、資金の問題が出てきます。

これだけは立候補してみないとわからないことですが、いい大人がとてつもなくナイーブになってしまう、それが選挙です。特に初めての選挙では、顕著にあらわれることが多いようです。

当選がどうにか見えてきているというのに、弱気になることもあります。
「あと一票」「あと一票」と候補者ひとりが焦って、まわりから浮いてしまうこともあります。
さらには、当選のためにと、選挙違反をしてしまいそうになることだってあります。

こういった状況への周囲のひとの対応ひとつでは、勝っている選挙が負け戦になりかねません。

たとえば、「朝立ちで他陣営と勢いの差がある。朝立ちの人数を増やしてくれ」と候補者が望めば、それはどうにか実現するべきだとわたしは考えます。

しかし、「危ない。百万円ほど配るしかない」と、重大な選挙違反を候補者が犯そうとした場合は、どんなことがあっても止めるべきだと考えます。たとえ当選しても買収が発覚すれば、当選が無効になるのはもちろん、政治家生命も絶たれかねません。

神経質になっている候補者をときには励まし、ときにはブレーキをかける。候補者が暴走しはじめたら、当選が大きく遠のいてしまいます。

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